専門家は「専門家」なのだろうか?(1)
- 緊急事態宣言は必要だったのだろうか?
専門家はオーバーシュートを最も恐れていたという。
(1) 専門家が最もおそれている「オーバーシュート」(爆発的感染)は、感染者数が2倍、そのまた2倍、さらに2倍と、「指数関数的」に増えていく状態だ。現在、国内ではオーバーシュートは起きていないが、この「倍化時間」が2~3日となると、オーバーシュートと判断される。 (「緊急事態宣言 解除の条件とは?」NHK政治マガジン. 4月30日)
しかし「専門家」であるはずの専門家は,状況を読み間違っていたのではないだろうか?
(2)
(T. Leslie et al., “What we can learn from the countries winning the coronavirus fight ”The ABC First published Mar. 26, 2020)
(2)のグラフは,累計感染者数が100人に到達した日を起点に,横軸に経過日数,縦軸に感染者数を表したものである。特徴は,縦軸の目盛りが対数になっていることで,100の次が1,000, 1,000の次が10,000というように,10の累乗で表示されている。
(2)を見ると,オーバーシュートと呼ばれる現象は,最初の2週間が鍵となることがわかる。原点から3つの方向に伸びる点線の直線は,倍加時間を表す。
オンライン分度器、角度測定ツール – Ginifabを使って,(2)の図に分度器を当てると次のようになる。
(3)
倍加時間で見ると,累計感染者数が2倍になる日数が2日,つまり,倍加日数が2日の場合,点線の直線(line A)の傾きが最も急で69度,次が,倍加日数が3日の点線の直線(line B)で,傾きが60度,もっとも傾きが緩やかな37度が,倍加日数が7日(line C)である。
「専門家が最もおそれている「オーバーシュート」」は,実際には,累計感染者数が100人に到達した日からおおよそ14日間の間の累計感染者数が,line Aとline Bの間に現れる状況を指すのである。
ところが,である。
日本は,オーバーシュートに巻き込まれることもなく,Day 20以降は,倍加日数が7日を超えてさえいるのである。
Day 20とはいつのころだったのだろうか?
今となっては,日本国内での累計感染者数が100人に達したのがいつなのか確かめる術がないが,国内外の発生の状況から10,000人(と1,000人)に達した日を参照点にして判断すると,Day 20は,おおよそ3月14日(累計感染者数780人)と推定される。
Day 30~Day 40にかけて,やや角度が上昇する形で推移しているが,これがだいたい3月24日(累計感染者数1,193人)~4月3日(累計感染者数2,935人)に当たる。緊急事態宣言が出るかどうかで国内に緊張が走った時期であるが,今から見ると,オーバーシュートとは程遠い状況にある。それどころか,(2)の図は,新型コロナウイルスが,中国由来であるか,欧州由来であるかに左右されることなく,日本は感染症の拡大を効果的にunder controlしていることを示している。
東京都や日本医師会がmake a fussすることがなく,「専門家 in the true sense of the word “expert”」の専門家が状況をきちんと見定めていれば,日本の取るべき対応は違ったものになっていたのではないか?
- モデルを提示できない専門家
徐丞志氏の「楽観的モデル」では,4月16日を感染のピークと予測していたという。
これは,感染の確定日での予測なので,確定日が2週間前の状態を反映しているという前提に立って考えると,感染日のピークは4月2日と予測していたことになる。
(4) a.
b. 徐氏が算出した「楽観的シナリオ」によれば、日本の感染のピークは4月16日となり、累計の感染者数は2万人以上に達するとされる。
(野嶋剛.「台湾の研究者が日本の新型コロナ感染拡大を試算,5万人感染で「第二の湖北省になる」と警告」Wedge Infinity. 4月19日)
徐氏の予測は正しかったことを裏付ける発表がある。
(5) 国内の新型コロナウイルスの感染拡大について、政府の専門家会議は29日、これまでの国の対策への評価を公表した。緊急事態宣言は感染の抑制に貢献したとする一方、感染のピークは4月1日ごろで、宣言前だったことも明らかにした。
(「感染ピーク,緊急事態宣言の前だった 専門家会議が評価」5月29日)
結局のところ,宣言2週間後の時点で,日本が感染拡大においてどのような状況にいるのかモデルを通して,国民に説明責任を果たすことができなかった時点で,政府の専門家会議の「専門性」を物語っている。
- 8割は「削減」か「遵守」か
感染経路が追えなくなってくると,クラスター対策に代わって「接触機会の8割削減」とこれの実現に伴う各種の自粛要請が日本各地で実施された。
(5)
(「新型コロナ感染症,接触削減「8割必要」モデルで算出」日経サイエンス. 4月25日)
これは,実際には,周囲に一人の感染者がいないのに,あたかも,感染者がいるかのように行動することを強いられるものである。確かに,14日間,すべての市民が自室に閉じこもって一歩もでることがなければ,理論上は,感染は完全に終息するだろう。しかし,人の流れを全体的に止めることが果たして賢明なことだったのだろうか?
そもそも「接触削減8割」とはどのようなことを指すのか定義が不明である。
もし,これが,「遵守者の割合が8割」ならどうだったろうか?
(6)
(T. Leslie et al., “What we can learn from the countries winning the coronavirus fight ”The ABC First published Mar. 26, 2020)
(5)も(6)も共に「第二波」の概念が欠如しているが,市民に何が必要か分かりやすくメッセージを伝える「工夫」の点では雲泥の差がある。
人と経済の二つの命を同時に守るという点で,真の意味での専門家の登用が望まれるところである。