現代英語の文法を探求する

英語学とその隣接領域に関する見解を個人の立場で記述しています。

9月入学-人が先か制度が先か

 英語学とは関係のない話の続きです。

 

1. プロクルステスの寝台
 文科省は,9月入学について,(1)に見るような2案を例示したという。9月入学に賛成する18知事は,これについてどう考えるのだろうか?

(1) 

f:id:t70646:20200523081249p:plain

(「9月入学,文科省が2案例示 新小1対象範囲,課題多く朝日新聞DIGITAL 5月19日)

 

 本質的には,9月入学とは,4月2日~9月1日生まれ(イ組)と9月2日~翌年4月1日生まれ(ロ組)が別々の学年に所属することを意味する。つまり,2014.4.2.~2014.9.1生まれのイ組は,4月入学でなければならないのである。このイ組にとって,9月入学とは,小学校の義務教育を受ける権利が5か月間停止されることに他ならない。
 同様の不平等は,2014.9.2~2015.4.1生まれのロ組にも当てはまる。論理的に考えると,このロ組は,2020年4月~2020年8月までの5か月間,(a)幼稚園・保育園に年長として在籍する(つまり,年長クラスに17か月在籍する),(b)小学校にゼロ学年として仮入学する(つまり,小学校の在籍期間が6年5か月に延長される),(c)自宅待機を強いられる,のいずれかになるが,そのすべてに共通するのは,本来,約束されていたはずの小学校の義務教育を受ける権利が5か月間停止されることだからである。
 実は,(1)の2案には,重大な瑕疵がある。実質的な教育が3歳児から始まっているという事実が看過されている。


(2)

f:id:t70646:20200523081410p:plain

                                                                     (「保育をめぐる現状-厚生労働省」)

 

 平成25年の時点で,3~5歳児の93.4%が幼稚園・保育所に通学している。ここでは,小学校と同様,4月2日~翌年4月1日生まれが「1つの学年」を構成している。
 学年に対するこの認識が存在する限り,2014.9.2~2015.4.1生まれと同じ悲劇が,ロ組を襲い続けるのである。大学・大学院の卒業・修了まで,現行制度に比べて,半年遅れで進級・進学し,イ組とは1年遅れで社会に出るのである。人生の設計そのものが根幹から影響を受けるのである。少なくとも,現在,幼稚園・保育所に通学する年少クラスまでは,こうした不平等が現実のものとなる。
 小中高に現在,在籍する児童・生徒に「9月入学制」を導入すれば大混乱に陥る。同様の理由で,現在,幼稚園・保育所に在籍する幼児に「9月入学制」を導入すれば大混乱は必至なのである。
 9月入学の「いわゆるメリット」と言われているものは,実際には,後期中等教育以降に関係する点も看過されている。
 国際競争力と言うのであれば,現行のロ組も含めて半年間前倒しで教育を推し進めるプログロムでなければ意味がないのである。
 あるいは,平成10年代以降,浸透してきている満3歳児からの就園にならって,満6歳の誕生日を迎える月(か翌月)から小学校に順次入学し,所定の単位の取得をもって順次卒業するというように制度設計すれば,どの月に生まれようと不平等や不利益は生じないことになるだろう。
 9月入学という制度で何をしたいのかよく考えるのが先だ。

 

2. 9月入学の前に(教育のICT化,そしてその前に)「30人学級」の達成
 文科省の2案は,実施すべき順序も違う。
 仮に,全国で30人学級が達成されているとしよう。1案では,新小1が17か月の構成なので,1クラスあたり最大で42.5人(=30×17/12)に増える。しかし,この程度なら,法律上は問題がないという扱いにされるのだろう。

(3) 小学校の同学年の児童で編制する一学級の児童数は,法令に特別の定のある場合を除き,50人以下を標準とする。    (学校教育法施行令 第20条)

 

 「法令に特別の定めのある場合」を,特例として21年度は適用除外とすると,現在35人学級までに収まるのであれば,「50人の目安」を超えないので,仮に9月入学を強行しても,机上の計算では,現在の教室数と教員数でなんとか対応できる。
 本来であれば,新小1の学年を2つ作らなければならないのであるが,人を優先して教育の質を確保しようとすると,「ヒトとモノ」が足りなくなるので,制度を優先したのが(1)の2案であることが見えてくるだろう。
 しかし,(1)の1案は実行が不可能に近い。東京23区では40人学級が大半を占めるからである。

 

(4) 23区の教育長会からは都に対して毎年「35人学級を3年生までに拡大する要望」を提出しています。もちろん,文京区の教育長も参加しています。教育長会が,ただのパフォーマンスとして要望を出しているのでなければ,現状の1,2年生のみならず3年生の35人学級も視野に入れた設計を考えるべきです。しかし,改築等の設計では,まったく考慮されていません。
(「小学校の教室が足りない!?教育日本一を目指す文京区の学校整備は発想の転換を!」文京区議会議員かいづあつこのブログ. 2019年4月19日)

 

 現在,23区では,35人学級体制で(何とか)小1~2の教育に当たっているということは,1案での実施に踏み切った場合,21年度の9月の時点ですでに「50人の目安」を超える小学校が現れる恐れが十分にある。
 というか,40人を超えた時点であまりの教育の不平等に,保護者は黙っていないことだろう。

 回帰が起きている大都市圏では,同様の懸念があるのではないか?
 結局,1案は当て馬で,2案で行こうということになるのだろうか?これなら,東京23区で1クラス37.9人程度で,3年生に進級する頃までには,プレハブ教室で不足する40人教室も完備!という筋書きなのだろうか?

 

 しかし,である。
 いったい何のための9月入学なのだろう?