現代英語の文法を探求する

英語学とその隣接領域に関する見解を個人の立場で記述しています。

「9月入学」で議論すべきポイント

「9月入学」で議論すべきポイント

  今日は,英語学とは直接関係しない話になります。

  1. はじめに

 不思議なのは,「先に結論ありき」で,具体的なモデルがまったく提示されていないことです。個人的な立場から,議論すべき問題点を「モデル」を通して考えてみたいと思います。

 また,経済界は,教育の「出口」を大学と捉えているようなので,大学入試と絡めて考えていきます。

 

(1) 経済界はおおむね歓迎する構えだ。… 世界的なIT人材の獲得競争で有利に働くとみられるからだ。海外大学卒の人材を受け入れやすくするため通年入社を導入する企業もあり,「多くが基本的に賛同できるだろう」(経団連幹部)との見方が広がる。

(「9月入学,経済界は歓迎 国際化,通年入社に寄与」時事. 5月1日)

 

  1. 学年進行モデル

 (2)を前提に考察を始めると,可能性として最も高いのは,小学校1年生からの導入です。

 

(2) 政府高官は「正式に導入するとしても来年9月からになる」と話しています。

(「「9月入学」政府が本格検討 来月中に論点まとめへ」ANN. 5月1日)

 

 2021年4月の時点では,現行制度が適用されるので,現在,保育園・幼稚園の年長さん(Cohort A)が新一年生として入学します。同年9月には,新制度の導入で,現在,保育園・幼稚園の年中さんのうち,4月2日生まれから9月1日生まれまでの幼児(Cohort B)もまた新一年生として小学校に入学します。

 Cohort Aは,現行制度と同じような日程で大学受験に臨みますが,不合格だった場合,次の受験は,(a)半年以内 (Cohort Bと同じ),(b)旧制度の特例として,1年後,(c)新制度に合わせて,1年半後,のどれになるのかという問題があります。

 時計の針を再び,小学校1年生の時点に戻すと,1年生の学年が2つできるので,教室と教員の確保が必要になります。全国同時に始めようとすると,教育のICT化の場合と同様,自治体の足並みが揃わず,土壇場になって,実施時期がさらに1年延期になるというようなことがないように議論しておく必要もあります。

 次に,無事,2021年9月入学が実施できたと仮定します。翌年9月には,現在,保育園・幼稚園の年中さんのうち,9月2日生まれから翌年4月1日生まれまでの幼児(Cohort C)(と同年4月2日生まれから9月1日生まれまでの幼児(Cohort D))が新一年生として入学します。とんとん拍子に進級・進学したとして,大学を卒業するのはいつでしょうか? Cohort Bは,現行制度より半年早く大学を卒業します。しかし,年中として一緒に学んだCohort Cは,現行制度より半年遅く大学を卒業することになります。別に浪人したわけでもないのに,気がついてみたら,Cohort Bから1年遅れて社会に出ることになるのです。Cohort Cとその親に,この学年進行が受け入れられるかどうかも論点の1つとなります。

 その一方で,Cohort Cは,小学校へあがるのが現行制度より半年遅くなりますが,その分,読み書きなどの準備教育を充実させることで,小学校の学習にゆとりを持って臨むことができることが期待されます。これに対して,Cohort Bは,親も子も教育機関も,読み書きなどの準備も心の準備も,十分に進まないうちに,小学校へ半年早くあがるので,学習の第一歩から躓く児童の割合が高くなる懸念があります。

 すると,小学校での導入の時期は,早くても現在,保育園・幼稚園の年少さんからという選択肢も出てきます。

 しかし,ここで落ち着いて考えてみると,現行制度では,4月の時点で「7歳~6歳の年齢集団」が小学校の第一学年を構成していますが,これが新制度になると,9月の時点で「6.5歳~5.5歳の年齢集団」で構成することになるのです。

 すると,5歳半から小学校の学習を始めるには,カリキュラムから組み直す必要があることに気がつきます。旧制度の教科書を与えて,ハイこれから授業を始めます,とはいかないのです。学習指導要領の見直し,教科書検定のやり直し等を含めると,この1, 2年で対応できる問題かどうか慎重に議論すべきところです。

 

  1. 学年の切り替え

 「9月入学」制度は,現行制度で,4月2日生まれから9月1日生まれまでの児童・生徒(イ組)と9月2日生まれから翌年4月1日生まれまでの児童・生徒(ロ組)をそれぞれ別の学年に切り替えることを意味します。

 それが,現在,小学校1年生から高校1年生までの間で可能なのでしょうか?

 切り替えれば,イ組は1つ上の学年と合流し,ロ組は,イ組から1年遅れて進級・進学します。イ組の児童・生徒と親は,大学入試に不利になるので反対するでしょうし,ロ組の児童・生徒と親は,生涯獲得賃金の減少と教育費の負担増から反対するでしょう。

 結局,「9月入学」とは名ばかりで,実態としては,現行制度の学年の進行を半年後に遅らせることになる公算が高いでしょう。でも,それが果たして賢明な選択と言えるのでしょうか?

 そもそも根本的な原因は,新型コロナウイルスの感染拡大ではなく,教育のICT化の遅れにあります。4月以降,遠隔授業を受けてきた児童・生徒(と親)にとっては,「仕切り直し」は論外と言えるのかもしれないのです。

 もう一つ心配なのは,日本の国際競争力の低下です。ルイス・キャロルの「赤の女王」は,進化に関する仮説を説明する比喩として使われますが,国際競争に当てはめて考えてみるとどうなるでしょうか?

 

(3) (In Alice in Wonderland, the Red Queen says to Alice)

Now, here, you see, it takes all the running you can do, to keep in the same place. If you want to get somewhere else, you must run at least twice as fast as that!                            

 

 どの国も全速力で走っているのです。他の国より一歩前に出て,経済界が期待するような人材を育てるためには,今の倍以上のスピードに教育を加速しなければならないのです。新型コロナウイルスの感染拡大を言い訳に,現在の1年生までの学年の進行を半年遅らせてしまっては,大学を卒業する頃には,「海外大学卒の人材」には太刀打ちできなくなっているのです。

 Bygones are bygones.なのだから,crying over spilt milkしている暇はない,という考え方もできるのです。

 

  1. 4月入学8月卒業

 現実問題としては,早期に実現可能なのは,「4月入学8月卒業」です。ただし,その前提として,2021年8月末までに,全国の小中高でICTを利用した授業展開ができるインフラの整備が完了していることが条件となります。

 まず,高校の改革です。文科省が卒業に必要な単位として指定している74単位を全国の高校の卒業単位とすることです。そして,セメスター制度を導入し,半期ごとに単位を認定するのです。こうすれば,高2の8月に卒業することが可能になります。9月から海外の大学に進学したり,社会に出て活躍する選択肢が生まれます。

 あるいは,義務教育の年限を高校まで伸ばして,中高一貫にすれば,カリキュラムの運用に弾力性が生まれるので,教科の学習は高2までに終了して,高3の半年間は,(a)IT科目の学習など就職の準備,または,(b)国内外の大学進学への準備,に当てることができます(この場合,「xx中高一貫校yy校」のように,キャンパスが分散する結果,生徒が一堂に会するのは,体育祭や音楽祭などの特定の行事の時だけというようなことが起こる可能性があります)。

 高校の段階に手をつけないで,大学を改革するということも考えられます。卒業に必要な124単位は,3年生までに取得することが可能です(いわゆる仮面浪人をして,2年生から「復学」しても,残りの努力次第では,「同級生」と一緒に卒業することができます)。

  第7セメスター(現行制度における大学3年生の前期)で,希望者は大学教育を修了することができるシステムを取り入れれば,9月から晴れて社会人になることもできます。

 小学校の課程は,すべての基礎に当たるので,しっかりと時間と手をかけて児童を育て,いわゆる「ゴールデンエイジ」の時期を過ぎてから,教育を加速するというアプローチも考えられるのです(ゴールデンエイジというと,発達領域としては身体的能力を指して使うのが一般的ですが,ここでは,芸術的才能や学術的才能も含めて考えることにします)。

 幼児教育に力を入れて全体の進行を早めるのか,それとも,後期中等教育以降の効率を高めるのか,アイデアとしては2つ考えられます。教育を受ける当の本人の意思ややる気,本人自身による人生設計の余地も考慮して,柔軟性のある教育制度を構築しなければならないのです。決して,どこかがやっていて,それが「標準」だから真似すればよい,という安易な問題ではないのです。

 

  1. 現高3生と既卒生の将来

  「9月入学」の話題の中で,どうも忘れ去られてしまったような印象を受けるのが,現高3・既卒生の救済対策です。

 

(4) 文部科学省は5月1日、小学1年生、小学6年生、中学3年生を優先して登校させる案などを盛り込んだガイドラインを全国の教育委員会などに通知しました。

(「文科省 “小1 小6 中3の登校優先案” ガイドラインを通知NHK. 5月1日)

 

 確かに,義務教育は国民のすべてに関わることなので,保育園・幼稚園,高大に優先して方向性を告知する必要があったのかもしれません。

 しかし,(4)が暗示しているのは,現小学6年生と中学3年生については「仕切り直し」をしないということです。確かに,受験学年の仕切り直しをしては,卒業自体が最大で1年半遅れることになるので,社会的影響は大きくなります。また,小学1年生に言及していることは,来春,現保育園・幼稚園の年長さんを受け入れる「スペース」を確保する意思の表れと解釈することもできます。

 すると,「9月入学」の議論とは独立して,現在の状況については,仕切り直し無しで解決するというのが文科省の基本的姿勢であると読み解くことができます。

 以上を基に推測すると,2021年1月の共通テストは,現行の日程に従って予定通り実施する方針であると考えられます。(「共通テスト」を基軸に,いわゆるAO・推薦入学を含めて,私立大学・国公立大学の入試スケジュールが確定するので,共通テストで考えています)。 

 遠隔授業で大学入試の準備を進めてきた高3生・既卒生の「権利」に視点を置くと,現行通り実施可能な社会的状況であれば,現行通りとするのが公正な選択肢であると言えるでしょう。

 問題は,教育のICT化の遅れの影響で準備が遅れている高3生への対応です。「9月入学」の論点整理が先行する中,自分たちの扱いがどうなるのか不安が大きいことと思います。あるいは,ことによると,現高3・既卒生の一部を9月入学で受け入れ可能なのかどうか大学側に打診しているのかもしれません。

 大学側には定員の厳格化という縛りと学生の質の確保という願いがあるでしょうから,来春の定員を充足した上で,特例措置として,一定数の9月入学を認めるというような案が考えられます。

 来年は延期された2020年東京オリンピックがあるので,7月上旬までに入学手続きを終えているためには,(追試験用の)共通テストを4月中に実施する必要があるでしょう。

 いずれにしても,スケジュールがタイトである上に,大学入試そのものが大変な労力を必要とします。

 教育のICT化の遅れによる影響は自治体によって程度が様々なので,一律の対応は難しいでしょうから,すべてのしわ寄せが高3生に及ぶ可能性は決して低くはないでしょう。所属の高校で対応が難しいとすれば,教育を受ける権利を十分に保障できる体制を準備してこなかった自治体の予算で,塾・予備校や,通信添削などの教育事業者の教育支援を受けることで可能な限り学力を担保するというようなことも考えられるかもしれません。*

 休校措置の延期だけを先行し,教育のvisionを提示してこなかった自治体の責任は決して軽いとは言えないでしょう。

 

*児童・生徒一人一人に支給される10万円を使うことで,ICT化が遅れている自治体でも,オンライン授業が受けられる環境を先行整備することが考えられます(ただし,後で,自治体からその分を返還してもらうという前提条件で。スマホとデザリングで10.1インチのタブレットで学ぶか,光通信の環境でパソコンを使って学ぶかは本人の選択に任せればよいでしょう。端末を国産にこだわらなければ,予算の中で解決するのは難しくないでしょうが,ここは,国産メーカーの支援という意義も込めて,10万円の枠で6月末までに必要な児童・生徒の手に届くというようなアイデアは実現できないものでしょうか?)。

動画コンテンツ(と学力評価問題)は,全国から選りすぐりのスーパー先生の協力で単元単位で作成すれば,現場の先生による対面授業に匹敵する効果は保証され,なおかつ,現場の先生は,オンライン試験の結果も見ながら,生徒の質問に答えたり,学習のアドバイスをするなど細やかな指導に専念できるでしょう。それが難しければ,教育コンテンツ自体を購入して,配信してもよいかもしれません。教育こそが財産であると考えれば,ここは思い切ってというか,思い切った改革を行うだけの気概があるのであれば,目前の課題にも思い切った判断で「教育の空白」を少しでも埋める努力を望みたいと思います。