現代英語の文法を探求する

英語学とその隣接領域に関する見解を個人の立場で記述しています。

天の川銀河の中心にあると推定されているのはブラックホールである

    今日は,「天の川銀河の中心にあると推定されているのはブラックホールである」という文を取り上げます。

 (1)に引用するのは,RSTのサンプル問題の一つで,「係り受け」領域に分類されています。

 

(1) 

f:id:t70646:20191130231531p:plain

(「リーディングスキルテストの実例と結果 (平成27年度実施予備調査)」)

 

  空所に入る正答は「ブラックホール」とされていますが,これは誤りです。

 

  理由は,上方含意が成立しないからです。例えば,(2a)が真であれば,(2b)もまた真になります。

 

(2) a. John bought a Ford car.

      b. John bought a car.

 

 一見すると,「太陽の400万倍程度の質量をもつブラックホール」は「ブラックホール」の下位集合に当たるので,(1)の空所に前者が入るのであれば,後者もまた同様に入ると考えても何の問題もないように見えます。

 

 しかし,この判断は誤りです。

 

 「推定」という単語は,意味論的には,命題ではなく数量詞と結びつくからです。

 

  先に進む前に,辞書の「用例」を見ておきましょう(赤字標記は筆者による)。

 

(3) 推定:はっきりとはわからないことをいろいろな根拠をもとに、あれこれ考えて決

     めること。 「費用は五億円と-される」 「 -年齢三〇歳

                                                                                                        (三省堂 大辞林 第三版)

 

 費用や年齢といった「尺度」と関わるモノについて,具体的な数値で見積もることを指して「推定」という単語が使われるのです。

 

 英語でいうと「推定する」は,estimateに相当します。

    用法を,例えば,LDOCEで確認すると,wh-疑問詞が使われている最後のタイプ(estimate how many/what etc)を除いて,at least 700,  50,000,  around 12のように,具体的な数字を挙げることで話し手の判断を示しています(赤字の下線は筆者による)。

 

(4) 

f:id:t70646:20191130232550p:plain

(LDOCE)

  「推定する」という語の使い方を正しく理解していれば,情報構造上,焦点となるのは,質量が「太陽の400万倍程度」となるはずのところですが,出題者は,どうしたわけか,「ブラックホール」が焦点であると誤って解釈してしまっています。

 

(5) 天の川銀河の中心にあると推定されているのは[focusブラックホール]である。

 

 「…なのはX(焦点)である」という構文に,どうしても固執したいというのであれば,(6)のように分析すれば解決しないわけではありません。

 

(6) 天の川銀河の中心にあるブラックホールの推定質量は[focus太陽の約 400万倍程度]で

  ある。

 

 念のために,英語で考えてみましょう。ここでは,論点を明確にするために,「天の川銀河の中心にある(超大質量の)ブラックホール」を「いて座A* (Sagittarius A*)」に置き換えることにします。1

 

 すると,(1)で提示される文は,ほぼ次のように言い換えることができます。

 

(7) いて座A*は,400万個の太陽に相当する質量をもつと推定されている。

 

 (7)を英語で表現するとどうなるでしょうか?

 

   多くの人が思い浮かべるのは,(8)や(9)ではないかと思います。

 

(8) It is estimated that Sagittarius A* has a mass equal to four million suns.

(9) Sagittarius A* is estimated to have a mass equal to four million suns.2

 

 実は,もう一つ大切な表現の仕方があります。

 

(10) Sagittarius A* has an estimated mass equal to four million suns.

 

  自由交替という観点から言えば,少なくとも(9)と(10)は,Sagittarius A*をトピックに文を始めているので,一方が使用できる状況では,もう一方も同様に使用できる点で「同義」であると言えます。

 

 (8)の表現しか知らないと,estimateがthat補文の表す「命題」にくっついているように見えますが,(9)や(10)の言い方も理解できていれば,出題者と同様の誤りを犯すことから自由でいることができるでしょう。3

 

   仮に,「教訓」という表現を用いるとすれば,表面構造を分析しただけでは見えてこないものがある,と言えるでしょうか。

 

 次回は,「誰もが,誰かをねたんでいる」についてごく簡単に言及したいと思います。

 

1. 例えば,G. I. Redfern, Cruise Ship Astronomy and Astrophotographyを見ると,(i)に引用するような記述が見つかります。

(i) Our own Milky Way Galaxy has a 4.4-million solar mass supermassive black hole at its center called Sagittarius A* - abbreviated as Sgr A* and pronounced “Sagittarius A Star.”

2. タイプミスの修正(of equal→equal) (2019年12月7日)

    a mass equal to four million sunsの代わりにa mass of four million sunsという言い方も可能です。ofの用法は多岐にわたるので,ここでは,誤解の少ないequal to を挙げています。ofの場合,a mass of four million solar massesという言い方も見られますが,同一文中にmassという語が繰り返し現れることになるので,できれば避けた方が賢明に思われます。  

3. estimateが「具体的な数値で見積もる」と言う点では,(i)のような例を提示さ れれば,一番納得がいくでしょう。

(i) In 1920, an estimated four million Americans had joined the Klan.

(P. Levenda, The Hitler Legacy)

 (ii)のような言い方も容認されるようですが,(10)と比べると,それほど一般的ではないようです。推定の対象が「属性」と関係していることが一因ではないかと思われますが,もう少し調べてみないとはっきりしたことは分かりません。

(ii) Sagittarius A* has an estimated four million solar masses.