現代英語の文法を探求する

英語学とその隣接領域に関する見解を個人の立場で記述しています。

かつて大量の水があった証拠が見つかっているのは火星である

                       帽子をかぶっていない子供は,みんな女の子です#6

                      -かつて大量の水があった証拠が見つかっているのは火星である-

 

1. 問題の設定ができていない出題者

 (1a)は,(1b)の例題で,「代名詞が何を指しているのかを正しく認識する」ことができているかどうかを診断する問題として提示されています。

     

(1) a. 

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     b.  

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一般社団法人 教育のための科学研究所. 「『リーディングスキルテスト』とは」

 

  「この文脈」の「この」の中には,「そこ」や「これ」といった代名詞が存在しないので,どの代名詞について先行詞を探せばよいのか不明な出題となっています。

 好意的に解釈すれば,音形を持たない「ゼロ形」のpro-formの先行詞を探す問題にしたかったのだと思いますが,それであれば,その「ゼロ形」が統語上のどの位置にあるのかを明示すべきだったと思います。

 

  (1a)の問題文の第2文を2つに分割し,(2)のように修正して議論を進めることにします。

 

(2) (a)火星には,生命が存在する可能性がある。(b)かつて大量の水があった証拠が見つかっている。(c)現在でも地下には水がある可能性がある。

 

 出題者は(2b)の文のどこかに「火星」に相当するゼロ形の代用表現があると考えているわけですが,例によって英語の視点から検証してみましょう。1

 

 「証拠」をevidenceで表すことにすると,「証拠が見つかっている」は,evidence is found that…ではなく,there is evidence that…とするのが自然ですが,あえてfindを生かすとすれば,{We / Scientists} have found evidence that…とすることが考えられます。

 

 次に「かつて大量の水があった」ですが,この中にMarsを入れて英語で「復元」できると仮定すると,主語の選択の仕方に応じて,3通りに表現できます。

 

(3) a. there was once abundant water on Mars

     b. water was once abundant on Mars

     c. Mars once had abundant water on it

 

 確認の意味で,日本語に視点を置いて,日本語との対応関係を考えると,(3a)は考察の対象から省くことになります。日本語の「存在文」は「むかし,むかし,おじいさんとおばあさんがありました/いました」が端的に示すように,場所に関する情報は義務的に必要なものではないからです。

 

  ついで再び,英語に戻ると,(3b)のon Marsと(3c)のon itは義務的な要素ではないので,省略が可能です。ここで2つの問題が発生します。

 

 1つは(3b)に関係します。on Marsがoptionalであることは,(2b)の「かつて大量の水があった証拠が見つかっている」の中に「火星」に相当する「ゼロ形」が存在しない可能性を示唆します。2  つまり,「火星」と(2b)を談話上でつなぐ架け橋になっているのが「ゼロ形」ではない可能性があります。

 

  結局のところ,統語構造の中に「火星」を指示する「ゼロ形」が存在しない可能性があります。この場合,出題者による(2b)の統語構造に関する分析は誤りとなり,(1a)の出題は成立しないことになります。言い方を換えれば,出題者は「かつて大量の水があった証拠が見つかっている」のどの位置に「火星」を意味する「ゼロ形」が存在するのか,そして,それがどのような統語的証拠によって裏付けられるのか,説明する責任を負うことになります。

 

 もう1つの問題は,日本語の場所格をどう扱うかという問題です。(3b)のon Marsがoptionalであるということは,「ゼロ形」が存在する可能性が,(3c)に相当する主語の位置に現れる場合に限られることを示唆します。

 

 このことは,(2a)を英語で考えるとはっきりします。「可能性がある」をmightで表すと,(2a)は次のように表すことができます。

 

(4) a. {There might be life / Life might exist} on Mars.

   b. Mars might harbor life.

 

 「火星には」はrestrictorとして働いているのではなく,「火星に」をトピックとして取り上げています。「に」自体は場所格として機能するので,この点を生かせば(4a)のような対応文が考えられますが,トピックという視点から言うと,「火星」は,(4b)に見るような「(英語で言う)主語の役割」を担っていると見ることができます。

 

 「主語」という表現が混乱を招くのであれば,三上章の「象は鼻が長い」に還元すると照応関係に解決がつきます。つまり,(2a)を「火星(という惑星)は,生命が存在する可能性がある惑星である」と理解するのであれば,(2b)の「かつて大量の水があった」は「火星は,かつて大量の水があった惑星である」と分析できるので,この場合には,「火星」と(2b)を談話上でつなぐことができます。

 

 しかし,です。ふりがな文庫ラボが提供するCaboChaを使って(2a)を係り受け解析すると次のような結果になります。

 

(5) 

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 RSTの係り受け解析の水準が,これと大同小異であると仮定すると,(2a)は「XはYがZである」の構造として再解釈できないことになります。正確に言えば,現状では,係り受け解析(や照応解析)は,「は」を主題関係の視点から「が」や「を」に変換して解析しているので,トピックや焦点といった「情報構造」が関与する領域はもともと守備範囲には入っていないのです。その結果,(1a)の問いに解答を与えることができないのです。出題者は,自分の守備範囲を逸脱して,自分では解けない(し,また説明もできない)問題を受検者に課していると言えます。

 

  もっとも,言語学的には面白い点を含んでいます。

 

 「かつて大量の水があった」を(3c)で考えると,(2b)は(6)のように表すことができます。

 

(6) Scientists have found [evidence [that Mars once had abundant water]].

 

 Marsは複合名詞句内にあるので,Marsをwhich planetに変えて文頭に移動すると,英語では非文になります。しかし,wh-句が元の位置に残り,疑問を表す「か」が文末に現れる日本語では,(7b)に見るように,容認されます。

 

(7) a. [[かつて大量の水がどの惑星にあったのか]証拠]が見つかっている。

     b. [[かつて大量の水がどの惑星にあった ]証拠]が見つかっているのか?

 

    島の制約はwh-句移動と関連づけて考察されますが,(1a)は,焦点化の視点から見ることもできることを示している点が興味深いと言えます(wh-句に変換するので,日本語では「に」格のままで考えることになります)。

 

 もう1つ興味深いのは,焦点化における「に」格の有無です。英語と比較できるようにするために「証拠」(とそれに関係する部分)を取り除いて,(2b)を「かつて大量の水があった」と単純化します。

 

 英語では,場所や時を表すPPが分裂文の焦点の位置に現れる場合,前置詞はoptionalに選択されます。

 

(8) (In) Autumn is when the countryside is most beautiful.  (Quirk et al. 1985:1388)

 

 しかし,日本語の場合には,後置詞句とも言うべき「火星に」は,メタ言語的に使うのでもない限り,「に」を脱落させないと非文となるのではないかと思います。

 

(9) a. かつて大量の水があったのは,火星である。

   b. ?/*かつて大量の水があったのは,火星にである。

 

2. 考える楽しさを奪う出題者

 (2)に戻ると,(2a)が主張で,(2b)と(2c)はその根拠を提示するという関係にあります。「生命の存在」の根拠が「水の存在」であると言った場合に,「生命」と「水」の間にどのような条件が成り立つのかが問題になります。

 

   (10a)と(10b)のどちらが正しいでしょうか?

 

(10) a. Water is a sufficient condition for life.

       b. Water is a necessary condition for life.

 

    Life can’t exist without water.と言えるので,(10b)が正しい,ということになります。

 ここで「他の条件がすべて地球と同じ惑星」に水が存在することが分かったとします。この場合,(10b)は十分条件を構成する条件の一つとなります。

 

 水以外に「十分条件を構成する必要条件」が何かを考えると,life as we know itとは何かを考え直すよいきっかけになります。例えば,偏性嫌気性生物の存在を考えると,人間が酸素を必要とするように進化したのがなぜか調べてみたくなるかもしれません。(1a)の本当の面白さというのは,そうした問いを自分で「発掘」,「調査」して,自分で納得のいく「解答」をまとめることにあるのではないかと思います。

 

3. 教科書を批判的に読む

 高等教育の長所の一つは,盲目的に信じないことにあります。検定教科書だからといって,その内容や記述の仕方を無批判に受け入れることを正しい選択とは考えないのです。

 

 (1a)は,教科書の記述のあり方(および,検定のあり方)について,見直すべき時であることを示していると考えることができます。

 

 (2)を和文英訳というか,翻訳の問題と考えてみましょう。(2b)に「証拠」という表現があるために,(2b)と(2c)をparallelな構造で表現するのが難しくなるのですが,細部を「無視」すれば,interpolationを使うことですべての問題を簡単に解決できます。

 

(11) Mars might harbor life. The evidence so far shows that water was-and may still be-present on {Mars / there}.

 

 特に重要な点に的を絞ると,water wasのwasは,聞き手にwater is no longer present {on Mars / there}という「会話の含意」を推論させるので,この含意を取り消さないと,(2a)の主張が成り立たないことになります。つまり,(2c)の役割は,この「会話の含意」を取り消すことにあるので,and may still be [=and water may still be present {on Mars / there}]を挿入的に(2b)に加えることで問題は解決します。

 

 何が言いたいのかというと,(2a)が真であると主張する場合,論理に限って言えば,かつて存在した「水の量」とか,現時点で存在する可能性のある「水のありか」については言及する必要がないということです。例えば,「大量にあった」と主張したからといって,情報的には無価値です。価値があるとすれば,there was enough water {on Mars / there} (to support life)のような情報が考えられますが,生存に必要なミニマムな量がどのぐらいかは,そもそもどのような生物が存在しているのか分からない限り具体的に述べることができない事柄です。つまり,最初の段階で言えるし,また,言わなければならないのは「水が存在し続ける(可能性)」だけなのです。

 

 (1a)の出典が明記されていないので分かりませんが,仮に教科書であるとすると,この記述は,論理を学ぶ意味では,学習者が手本とすべきものとは言えないことになります。論理的に考える力を伸ばすのが目的であれば,素材そのものの吟味から始めることが必要です。「論理的に考える」ということに軸足を置くのであれば,教科書の記述や検定の在り方を見直すことが必要不可欠であることを(1a)は教えてくれています。

 

 次回は「天の川銀河の中心にあると推定されているのはブラックホールである」について考えてみます。

 

1. 安武 (2009)は「日本語の場合,代名詞(厳密に言うと,インド・ヨーロッパ諸語の代名詞に類するもの)は焦点の位置にくるのが自然である。その他の位置では,… ゼロ代名詞が生じる」と述べています。つまり,今回の出題に照らして言うと,英語では,「音形を持つ代名詞」で表される統語的な環境において,日本語では,非焦点の位置に現れているために,統語上は確かに存在しながらも,表面上は,ゼロ代名詞としてinvisibleな状態のものを,焦点要素の現れる位置に移動するという操作を行うことによって,可視化する試みをしていると考えることができます。

 

2. 京都大学 黒橋・河原研究室が公開している構文・述語項構造解析KNP(デモ(テーブル版)は,興味深い結果を示しています。

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   照応解析では,「火星の証拠」を「火星にあった」よりsalientな解釈として分析しています。「火星の証拠」の「の」が「犯人の証拠(φが犯人である証拠)」のタイプではなく,「~についての」という意味を表すものとすると,確かに,英語にもevidence on Xi [that…Xi…]という言い方がありますが,evidence that […X…]のタイプと比べると出現頻度は著しく低くなります。