現代英語の文法を探求する

英語学とその隣接領域に関する見解を個人の立場で記述しています。

                         専門家は「専門家」なのだろうか?(2)

 

    感染連鎖を可視化するすべ

    前回の(2)を新たに(1)として再掲しよう。

 

(1)

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(T. Leslie et al., “What we can learn from the countries winning the coronavirus fightThe ABC First published Mar. 26, 2020)

 

   リンク先の文章を読んだ上で,「(1)のグラフから何が言えますか? 30語~50語の英語で答えなさい」という課題が与えられたとしたらどう答えるだろうか?

 例えば,こんな答案が考えられるだろう。

 

(2) If you focus on Japan, you will find that the line of Japan is surprisingly identical to that of Singapore. The expert consensus is that Singapore is successfully flattening the curve of the infection rate. Considering this, we could say that Japan is well in control of the covid-19 pandemic. (50 words)

 

    ピークを遅らせ,同時に,ピーク時の感染者数を抑えるという“to flatten the curve”に成功を収めつつある感染症対策の「優等生」であるシンガポールに日本は並んでいるのである。

    シンガポールと言えば,押谷仁氏(「クラスター対策班」のリーダー)は次のように述べているとされる。

 

(3) a. 見えないまま感染を広げるウイルスに、どう対応すればいいのか。

中国が行った戦略は都市を丸ごと封鎖し、人の外出・接触を制限すること。しかし日本では強制的に実行する法律上の仕組みはない。もう一つ考えられる戦略はPCR検査の徹底。しかし日本では検査体制は十分に整備されておらず、直ちにPCR検査の数を増やすことは困難だった。さらに盤石とは言えない医療体制への不安。

「日本の選択肢を考えた時に、中国のようにできないし、シンガポールのようにできないし。そうすると、このウイルスのどこかにある弱点をついて対策を考えざるを得ない。」(押谷さん)        

                          (「新型コロナウイルス感染拡大阻止最前線からの報告NHK 4月15日)

  b. シンガポールでは現在、感染連鎖を可視化しようとして全力を挙げて取り組んでいて、地域内での流行の実態が少しずつわかってきている。これは2003年のSARSの流行の後、このような事態に対応できる体制を整備してきたからこそできていることである。シンガポールではほとんどすべての病院でこのウイルスの検査をする体制が整備されていて1日2000検体以上を検査することが可能である。日本においても検査体制は急速に整備されていくと考えられるが、現時点では日本には感染連鎖を可視化するすべは限られている。そのような中でどうしたら最も効率よく感染連鎖を可視化できるのを考えないといけない。

(押谷仁.「新型コロナウイルスに我々はどう対峙したらいいのか(No.2)東北大学大学院医学系研究科・医学部)

 

    これを見ると,押谷氏本人は,感染連鎖を可視化するすべとして「PCR検査の徹底」が重要であると認識していたことが分かる。しかし,感染終息のための日本の対策は,「PCR検査に頼れない(実情の改善)」から,いつのまにか「PCR検査に頼らない(検査の軽視)」へと変質する。

    現在,いわゆる「第二波」という言葉で表現される「感染の揺れ戻し」への懸念が高まっている。今度こそ,感染連鎖を最も効率よく可視化し,感染再拡大の危機を事前に回避するためには,「PCR検査の徹底」という「王道」に立ち返るべき時であろう。

 押谷氏は,また,こうも語っているという。

 

(4) 我々の戦略の目的は、いかにして社会的、経済的な影響を最小限にしながら、ウイルスの拡散を最大限抑えていくか、ということでした。

                         (「新型コロナウイルス感染拡大阻止最前線からの報告NHK 4月15日)

 

    であれば,「感染経路が不明な“孤発例”」が増加し,クラスター対策に行き詰まった時点で,「クラスター対策班」の任務をいったん解き,新たな戦術班が「社会的、経済的な影響を最小限にしながら、ウイルスの拡散を最大限抑えていく」戦略を練るべきだっただろう。

 

(5) 3月中旬、東京の感染者は、じわじわと増え始めていた。対策チームが懸念していたのは、感染経路が不明な「孤発例」と呼ばれる感染者の存在。それは、クラスターの背後に未知のクラスターが潜んでいる可能性を意味する。これを放置すると、2、3日で累計の感染者が倍増していくオーバーシュートを引き起こす恐れがある。 対策チームは東京都にも感染者数の予測データを提示し、人々の行動を変える強い措置 を取るべきだと助言。3月25日に都は感染爆発の重大局面として、週末の外出自粛を初めて呼びかけた。

                      (「新型コロナウイルス感染拡大阻止最前線からの報告NHK 4月15日)

 

    3月中旬というのは,(1)のグラフで言うと,Day 20の直前あたりである。症例数で見ると「じわじわと増え始めていた」時期かもしれないが,対数目盛で見ると,倍加時間が7日より多くなりかけていた時期である。マクロ的な視点からすると,日本は感染拡大を効果的に抑え込みつつある時期である。その時期を「オーバーシュートを引き起こす恐れがある」と認識していたのである。「クラスター対策」という目先のことを追うあまり,感染の全体像がまったく見えていなかったのではないだろうか?国も4月下旬頃までには(1)に引用するような情報を入手していたと思われるので,海外の専門家も交えたpeer reviewを導入して,クラスター対策班および専門家会議の「実力」の検証が望まれるところである。

    話を少し戻そう。仮に,全体像がまるで見えていなかったにせよ,東京と大阪の2つのepicentersに対して,感染の流出の危険性を最小限に止めるために,移動の自粛を強く進言するべきだったろう。

 

(6) 足元では、全国各地でクラスターと呼ばれる集団感染が確認されるようになっています。これについては、3月の三連休における緩み、都市部から地方への人の移動が全国に感染を拡大させた可能性があるというのが専門家の皆様の分析です。

また、東京都や大阪府など7都府県では、既に知事による休業要請などが進む中で、一部にコロナ疎開と呼ばれるような、外の地域への人の動きが見られるとの指摘があります。間もなくゴールデンウィークを迎えますが、感染者が多い都市部から地方へ人の流れが生まれるようなことは絶対に避けなければならない。それは最も恐れるべき事態である、全国的かつ急速なまん延を確実に引き起こすことになります。

(「新型コロナウイルス感染症に関する安倍内閣総理大臣記者会見首相官邸4月17日)

 

 結局,第2の福岡のような事態を引き起こさないことが肝要だったわけで,ゴールデンウィークの人出が予めちゃんと読めるように,東京と大阪が移動自粛の周知を徹底していれば,5月6日には,東京と大阪以外で,宣言の解除になっていた公算が高かったろう。

 経済の再開が出遅れたことは大きい。「真水」と呼ばれる国の支出は57兆円にものぼるという。

 

(7) 「真水」の支出には、具体的にどんな予算が含まれるんですか?

例えば一律10万円の給付、最大200万円を給付する事業者向けの「持続化給付金」や家賃支援の給付金。それに地方創生臨時交付金や10兆円の予備費などが含まれ、第2次補正予算案の国の一般会計の歳出は、過去最大の31兆9114億円となっています。...

 経済対策の効果を見るうえで、重視されるのが「真水」と言えます。  「真水」は国が直接支出する、実際に使われるお金を指しているので、GDP=国内総生産をどれだけ押し上げる効果があるのか、測りやすいとされています。...

 また、国の支出は、私たちの税金がどれだけ使われるのかを示しています。2つの補正予算を合わせて、一般会計の追加歳出は57兆円余りとなる一方、財源は全額を新たな借金にあたる国債の追加発行で賄い、将来世代につけを回す形になりました。そうした実際の負担を考える上でも、「真水」という概念は大事です。

                                                        (「予算に出てくる「真水」って何?NHK 6月2日)

 

    今回の支出は,国債で賄われるために,「痛み」が可視化しにくいが,これが,仮に,来年から10年間で,国民が償還していくとすると,消費税を3%引き上げるのに等しいのである。

  4月1日に感染ピークを迎えていたのであれば,この57兆円をどう説明するというのだろうか?

 新しい生活様式では,今もなお,近くに発症者がいるという前提で行動することが求められる。実際には,一人もいない場合でも,である。非常に息苦しい上に,同じ市民として終息へ向けての連帯感・社会的絆を共有することが難しい状況を生んでいる。

 実は,もっとよい(いや,真によい)モデルが3月に提案されていたのである。

    大橋モデルである。大橋モデルのよいところは,

  

 着眼点,である。